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安達和悦物語


13 役者修行2 ブレヒト  


「おいおい、そんなに入れないよう! 押すな、押すな!」と心でつぶやいた。
 これでもかと詰め込められた満員電車に揺られ銀嶺荘に戻る。まずは夕食づくりだ。食費は1月1万円を目標とした。おかずは魚の缶詰や海苔などを中心に質素に、ご飯は多めに頂いた。もちろん、昼は自前の弁当を朝作っては持参した。僕は牛乳が好きだったが、これも経費削減のため、森永スキムミルクという粉末をお湯に溶かして飲んだ。衣料は一切買わない。
 普通に働いているのに、なぜケチるかと言えば、芝居を観るためと本を買うためだった。劇団に入るまでは、週に3本は観て回った。それこそ、初来日のブロードウェイ作品から、大学の演劇部まで。観てはその感想や客層、演出の解釈などをノートに取った。この習慣が、後年僕にとって大きな財産となった。
 夕食後は、演劇書を読んだ。読んで、要点をノートした。気が付くと10時を過ぎる。銭湯へ慌てて駆け込み、帰宅後、即寝る。そんな毎日だった。

 とにかく戯曲は読みまくった。ガイドとなったのは、野田雄司著「俳優の読み方・演じ方」星雲書房刊。ここに紹介された「必読戯曲、西欧篇(<オイディプス王>~<ゴドーを待ちながら>」と「文庫本による日本戯曲一覧(<曽根崎心中>~<戦争で死ねなかったお父さんのために>」に紹介された戯曲はすべて、図書館と古本で読破した。古典から現代劇まで、演劇のおおまかな流れがつかめる構成になっていた。また、扇田昭彦編「劇的ルネッサンス」リブロポート刊や大笹吉雄著「同時代演劇と劇作家たち」劇書房刊では、現代演劇の系譜に胸を躍らせた。
 また、演劇の思想書にも触れた。古本屋で見つけた小山内薫の「演出者の手記」洸林堂書店刊は、昭和16年の発刊。ほとんどまっ茶に焼けており、おまけに旧かなづかいで読みにくくてしかたなかった。それでも、先輩演劇人の心に触れられるような気がして、活字を追った。

 そんな数ある演劇書の中で、その後の僕の演劇観に最も影響を与えたのが、ブレヒト演劇論集、千田是也訳編「今日の世界は演劇によって再現できるか」白水社刊だ。
 恐れることなく大胆に要約すると「リアリズムってのは、なんでもありってことだよーん」。これによって、つかこうへい作品も、野田秀樹作品も、みんな僕の腑に落ちていった。木下順二著「ドラマが成り立つとき」岩波書店刊でも、「芝居って、けっきょく作家の宇宙なんだよね。」って言ってたし。そんな文体じゃないけど。

 まあ、そんな風にやもすると頭でっかちになりそうだった僕を実際の稽古場へと導いてくれたのが、流山児祥氏の「流山児が往く 演劇篇」而立書房刊だった。
 その過激な文体とアナーキーな発言に、しびれた。やられた。そして、彼の劇団を受験した。この入団試験のときに、著作を読んで惹かれたことを話すと、氏曰く、
「安達さん、文章に騙されない方がいいですよ。」
その言葉の意味は、文章を書くことを仕事とするようになるまで、僕にはわからなかった。

 当時、流山児氏は、第2次演劇団(流山児事務所)を主宰し、下北沢の本多劇場ではプロデュース公演を行っていた。北村想作「蒼い彗星の一夜Ⅱ」である。
 僕はそのときは、事務所の新入りとして舞台裏にまわり、舞台監督の北村さんのそばで雑務を手伝った。
 実際の舞台裏に出入りすることが出来、演劇人の仲間入りができたような嬉しさがあった反面、僕には裏は向いていないな、とも思っていた。
 その舞台には、小劇場のアイドル美加里さんや、金八先生で悪者校長役で登場した木場克己さん、第三エロチカの有薗芳樹 さんらが出演していた。下北沢の店で、美加里さんにビールを注いで頂いたことは、きっと一生忘れない。

 その公演が終わると、いよいよ稽古が始まった。稽古の開始時間に間に合わせるためには、卒業文集の仕事を替えなければならなかった。上司には惜しまれたが、時間が合い条件もよかった電話営業の仕事に移った。
 これは、電話だけで資格受験講座の教材を販売するというものだった。


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