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| 15 | 役者修行4 | キャスティング |
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「どうなの、稽古のほうは?」
「うん、くたくた。」
上京後、洋子は月に1回くらいの頻度で、休みの日に僕の部屋を訪ねてくるようになっていた。そして、定期的に会うのなら、その機会を勉強会にしようと僕が提案した。テーマは、日本史を学びなおすこと。お互いに次回会うまでに各時代のレジメを作り、会うとそれを発表しあう。
会いたいから会う、ただそれだけでいいはずなのに、勉強することを会うための動機付けにしようとした。ただ会うだけではもったいないと思ったのか、それとも、何か会い続けるための縛りが欲しかったのか。それは自分でもよくわからなかった。ただ実際には、いざ会うとレポートの発表はそこそこに、二人は今ある時間が過ぎていくのを惜しんでいた。
僕の部屋には電話もなく、もちろん携帯電話はない時代。二人は連絡を手紙だけでとりあい、約束だけで会い続けた。その頃、すでに洋子は教員としての臨時採用が決定し、小学校に勤務が始まっていた。役者志願の貧しい若者と、教員としての正規採用を目指す公務員。どう考えても、僕らに将来交わる接点はないように思えた。
休みの日は、妹たちと遊ぶこともあった。同じアパートには、妹の香代子と、香代子と同郷の同級生であるモテコがいた。3人は、関町北からすぐ近くの石神井公園に行き、ボートに乗ったりして楽しんだ。モテコもまた、大学のサークルで演劇をやっていた。
そのモテコの仲間による演劇公演を観に行った。テーマとメッセージが散乱し、書き手が自己満足に酔っているような台本であり、舞台だった、僕は長い感想を手紙に書いて、モテコに渡した。
モテコは、妹にならい僕を「お兄ちゃん」と呼んでいた。
「お兄ちゃん、手紙ありがとう。正直言って、みんなこたえたみたい。」
「俺、言い過ぎちゃったかなあ。」
「いいの。みんな、どうやっていったらいいか、何をどうしたらいいのかわからなくて、本当に自己満足の世界になっちゃってるから、あれ位書いてもらえると、ある意味次の目標が見えてくるでしょ。だから、みんなガックリはしてたけど、この手紙に書いてあることは、僕らが超えなきゃならない課題だって、みんな、言ってたよ。」
「そう言ってくれると救われるね。」
「で、お兄ちゃんの舞台、いつやるの?」
「今、新人公演の脚本書いてるみたいだから、もうすぐ決まると思うよ。」
「決まったら教えてね。私、香代ちゃんと一緒に観に行くからね。」
アングラ劇団や小劇場に所属する仲間たちは、みんな稽古の日程に合わせ時間を確保できるよう、生活のための仕事を都合していた。ある先輩は高層ビルの窓拭きをやったり、建設現場の日雇いをやったりと、できるだけ時間給のいいものを捜し求めていた。僕もまた、稽古の時間帯が変動するたびに、仕事をかえなければならなかった。電話営業の後は、コンビニエンスストアの深夜勤務やガソリンスタンドなどを転々とするようになった。
どんな環境に移っても、そこにいる仲間たちとすぐに打ち解けて仲良くなれればいいと思う。しかし僕は、人見知りしているつもりはないのだけれど、いつも疎外感を感じていた。若い人たちが多いバイト先や、今の劇団の中でも、そう感じていた。
「蒼い彗星の一夜II」の打上げのとき、会場で新人が一人づつ紹介された。主宰の流山児氏の言葉が、このときの僕のムードを表していた。
「暗い目をしています。栃木からきた安達です。皆さん、こいつの目を見てやって下さい。」
僕は生まれたときから、右目の下に青黒いあざがあった。それは、疲労の度合いなどによって、いっそう目立った。しかし、暗いのはそれだけの理由ではなかった。いまだ行方のわからない父親への不安と怒りや、世間に対する得体の知れない鬱憤が、僕の中からこぼれていたのだ。
間もなく、新人公演の脚本「緑青色の風邪薬」が支給された。キャスティングの発表に、どきどきして名を呼ばれるのを待つ。最後に名を呼ばれた僕は、脚本の中に出番を探した。なんべん繰り返し読んでも、僕の役だけ台詞がなかった。
「うん、くたくた。」
上京後、洋子は月に1回くらいの頻度で、休みの日に僕の部屋を訪ねてくるようになっていた。そして、定期的に会うのなら、その機会を勉強会にしようと僕が提案した。テーマは、日本史を学びなおすこと。お互いに次回会うまでに各時代のレジメを作り、会うとそれを発表しあう。
会いたいから会う、ただそれだけでいいはずなのに、勉強することを会うための動機付けにしようとした。ただ会うだけではもったいないと思ったのか、それとも、何か会い続けるための縛りが欲しかったのか。それは自分でもよくわからなかった。ただ実際には、いざ会うとレポートの発表はそこそこに、二人は今ある時間が過ぎていくのを惜しんでいた。
僕の部屋には電話もなく、もちろん携帯電話はない時代。二人は連絡を手紙だけでとりあい、約束だけで会い続けた。その頃、すでに洋子は教員としての臨時採用が決定し、小学校に勤務が始まっていた。役者志願の貧しい若者と、教員としての正規採用を目指す公務員。どう考えても、僕らに将来交わる接点はないように思えた。
休みの日は、妹たちと遊ぶこともあった。同じアパートには、妹の香代子と、香代子と同郷の同級生であるモテコがいた。3人は、関町北からすぐ近くの石神井公園に行き、ボートに乗ったりして楽しんだ。モテコもまた、大学のサークルで演劇をやっていた。
そのモテコの仲間による演劇公演を観に行った。テーマとメッセージが散乱し、書き手が自己満足に酔っているような台本であり、舞台だった、僕は長い感想を手紙に書いて、モテコに渡した。
モテコは、妹にならい僕を「お兄ちゃん」と呼んでいた。
「お兄ちゃん、手紙ありがとう。正直言って、みんなこたえたみたい。」
「俺、言い過ぎちゃったかなあ。」
「いいの。みんな、どうやっていったらいいか、何をどうしたらいいのかわからなくて、本当に自己満足の世界になっちゃってるから、あれ位書いてもらえると、ある意味次の目標が見えてくるでしょ。だから、みんなガックリはしてたけど、この手紙に書いてあることは、僕らが超えなきゃならない課題だって、みんな、言ってたよ。」
「そう言ってくれると救われるね。」
「で、お兄ちゃんの舞台、いつやるの?」
「今、新人公演の脚本書いてるみたいだから、もうすぐ決まると思うよ。」
「決まったら教えてね。私、香代ちゃんと一緒に観に行くからね。」
アングラ劇団や小劇場に所属する仲間たちは、みんな稽古の日程に合わせ時間を確保できるよう、生活のための仕事を都合していた。ある先輩は高層ビルの窓拭きをやったり、建設現場の日雇いをやったりと、できるだけ時間給のいいものを捜し求めていた。僕もまた、稽古の時間帯が変動するたびに、仕事をかえなければならなかった。電話営業の後は、コンビニエンスストアの深夜勤務やガソリンスタンドなどを転々とするようになった。
どんな環境に移っても、そこにいる仲間たちとすぐに打ち解けて仲良くなれればいいと思う。しかし僕は、人見知りしているつもりはないのだけれど、いつも疎外感を感じていた。若い人たちが多いバイト先や、今の劇団の中でも、そう感じていた。
「蒼い彗星の一夜II」の打上げのとき、会場で新人が一人づつ紹介された。主宰の流山児氏の言葉が、このときの僕のムードを表していた。
「暗い目をしています。栃木からきた安達です。皆さん、こいつの目を見てやって下さい。」
僕は生まれたときから、右目の下に青黒いあざがあった。それは、疲労の度合いなどによって、いっそう目立った。しかし、暗いのはそれだけの理由ではなかった。いまだ行方のわからない父親への不安と怒りや、世間に対する得体の知れない鬱憤が、僕の中からこぼれていたのだ。
間もなく、新人公演の脚本「緑青色の風邪薬」が支給された。キャスティングの発表に、どきどきして名を呼ばれるのを待つ。最後に名を呼ばれた僕は、脚本の中に出番を探した。なんべん繰り返し読んでも、僕の役だけ台詞がなかった。
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