安堂達也公式サイト|人材育成・職員研修 コミュニケーションの株式会社安堂プランニング

安達和悦物語


11 バイク屋時代5 ガラン  


 デイラーに勤める同級生に肩を抱かれ、母は帰ってきた。打撲はあるようだが、目に見える傷や大きな怪我は無くてほっとした。横転した軽トラックは、通りがかりの男数人で戻してくれたと言う。母も気丈だった。
 しばらくすると、父が顔を上気させて帰ってきた。両脇を2人の男に抱えられながら。父の2トントラックには、納車するはずのバイクがそのままあった。配送は、デイラーの幹部職員によって阻止されたのだ。

「安達さん、資金繰表見せてみなよ。」
「見せないよ。」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!」
 短い押し問答の末、観念した父は資金繰表をデイラーに差し出した。

「うわ。こりゃ無理だよ、安達さん。こんなことやってたら、あんた死んじまうよ。」
父はうなだれていた。
「いいね、安達さん。バイクは引き上げるよ。」
父は小さくうなずいた。大柄な父が、とても小さく見えた。
 デイラーは、連れのスタッフに指示をした。トラックは何往復かしながら、そのメーカーのバイクをきれいに持ち去っていった。

 母は、痛みなのか悔しさなのか、顔をしかめながら応接のソファーにへたりこんでいた。父はみじんも動かず、ただ、呆然と事務所の中に立ち尽くしたままだった。デイラーの同級生は、バイクを引き上げる作業中、1度も僕と眼を合わせようとはしなかった。

 男達が引き上げた後、母のいない事務所で父は僕に言った。
「和悦。店はもうお仕舞いだ。この金でしばらく生活しろ。」
「生活しろって、どういう意味だよ。」
「一人で好きなように生きろ。」
「お父さんは、どうすんだよ。」
「ちょっと、出掛けてくる。」
「どこへ。」
「大丈夫、すぐ戻る。」
 もう、会話にはなっていなかった。そう言って、僕を振り切るようにして出て行った父は、2度と店には戻らなかった。

 母は静養の必要もあり、実家へ身を寄せた。社員には給与分の金を分け与えた。僕はまだ納車待ちの修理預かりもあったので、店の裏の自宅に泊まった。その夜、僕からの電話に驚いた洋子が駆けつけてきた。

 洋子を見てはじめて、僕は自分を取り戻した。怒りと悲しみで体が震えた。
「明日、残りのデイラーが、バイクと家財を引き上げに来る。それで、すべて終わる。」
 彼女は僕を抱きしめ、黙ってうなずいた。がらんとした部屋の中、彼女と僕だけが、この宇宙に取り残されているような、静かな長い夜だった。

 翌日、取引先とのやり取りが終わると、僕は一人でガランとした店の裏口から鍵を閉めた。もはや特別な感慨は何一つ無かった。事務的に鍵を閉める、ただそれだけのことだった。整理屋の態度に怒り裏口のドアを蹴飛ばした、そのアルミドアの凹みが、少し痛々しかった。

 主宰の僕がこんなことになり、サークルTERRAは解散することになった。ただ、これまでの足跡は残したかったから、記念文集「創世記」をまとめた。心はいたたまれないほど荒涼としていたけれど、仲間と会っているときは、何もなかったんじゃないかと錯覚できた。

「これからどうするの?」
洋子が心配そうに尋ねた。僕は、これまで興味を持っていたことに挑戦してみようと思っていた。上京し役者を目指すと言った。しかし、東京で劇団に入るだけの経験も資金的余裕もなかった。上京するために、僕は足利に短期間契約でアパートを借り、仕事に就いた。学習教材を販売する営業だった。入社して間もなく、免許停止の処分がきた。あの日の、高速道路での速度超過の件だった。


前へ戻る -11- 先に進む

コミュニケーションの株式会社安堂プランニング 〒326-0011 栃木県足利市大沼田町99-2番地 TEL.0284・90・2020