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| 1 | 序 章 | スイッチ |
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僕は震えていた。彼女は僕を抱きしめ、黙ってうなずいた。
「そうだね。明日ですべて終わるんだ。」
僕の心のつぶやきが、彼女には届いていたのだろうか。がらんとした部屋の中、彼女と僕だけが、この宇宙に取り残されているような、静かな長い夜だった。
22歳の春、家業のバイク屋が幕を降ろした。2度目の不渡りを出した翌日、父は家族の前から姿を消した。母は実家に身を寄せた。妹はすでに大学生として上京していたので、難を逃れた。文字通りの一家離散。家族はバラバラになった。あらかじめ用意されていたわずかな現金を、僕は数名の社員に振り分け手渡した。当面の後始末が終わるまで、僕は店舗裏の自宅で寝起きしていた。
ディーラーは数十台のバイクと自宅にある家財のすべてを引き上げていった。ディーラーには、同級生も勤めていた。引き上げに同伴した彼に、とうとう僕は目を合わせることができなかった。
最後の処理が終わる前の晩、僕と一緒にいてくれたのは、洋子だった。彼女とは、半年前、栃木県青年の船で出会った。気の合う友人程度のつきあいのまま、話し相手になってくれていた。
「これからどうするの?」
「東京へ行こうと思う。」
「どうして?」
「パラレルワールドって、知ってる? 別の世界に、もう1人の自分がいて、同じ自分が違う人生を生きている。僕はバイク屋の後継ぎとして生きながら、いつも、もう1人の違う自分がいるような気がしてならなかった。」
「今まで、辛かった?」
「じつ言うと、楽しかった。」
「おかしな人。」
「もう1人の自分に、僕はスイッチしようと思う。」
「なんだか、嬉しそうね。」
「確かに。じっさい、僕は今わくわくしてる。僕はこれから、役者になるんだ。」
「そうだね。明日ですべて終わるんだ。」
僕の心のつぶやきが、彼女には届いていたのだろうか。がらんとした部屋の中、彼女と僕だけが、この宇宙に取り残されているような、静かな長い夜だった。
22歳の春、家業のバイク屋が幕を降ろした。2度目の不渡りを出した翌日、父は家族の前から姿を消した。母は実家に身を寄せた。妹はすでに大学生として上京していたので、難を逃れた。文字通りの一家離散。家族はバラバラになった。あらかじめ用意されていたわずかな現金を、僕は数名の社員に振り分け手渡した。当面の後始末が終わるまで、僕は店舗裏の自宅で寝起きしていた。
ディーラーは数十台のバイクと自宅にある家財のすべてを引き上げていった。ディーラーには、同級生も勤めていた。引き上げに同伴した彼に、とうとう僕は目を合わせることができなかった。
最後の処理が終わる前の晩、僕と一緒にいてくれたのは、洋子だった。彼女とは、半年前、栃木県青年の船で出会った。気の合う友人程度のつきあいのまま、話し相手になってくれていた。
「これからどうするの?」
「東京へ行こうと思う。」
「どうして?」
「パラレルワールドって、知ってる? 別の世界に、もう1人の自分がいて、同じ自分が違う人生を生きている。僕はバイク屋の後継ぎとして生きながら、いつも、もう1人の違う自分がいるような気がしてならなかった。」
「今まで、辛かった?」
「じつ言うと、楽しかった。」
「おかしな人。」
「もう1人の自分に、僕はスイッチしようと思う。」
「なんだか、嬉しそうね。」
「確かに。じっさい、僕は今わくわくしてる。僕はこれから、役者になるんだ。」
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