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安達和悦物語


25 夢回帰線時代8 ミッドナイト  


 第3回公演「夢の責任」は、最終日にリピーターが出るほどの大盛況だった。各役者のキャラが、見事に役にはまり、スピード感あふれる笑いと涙の舞台に、観客は熱狂した。コンビニでのチケット販売も見事にあたり、3桁の売れ行きに、コンビニの本部も驚いていた。

「安堂さんさあ、再演やらない? それも、もっと広いところで。」
 半田社長から、すぐに追加公演の声がかかった。協力者はブティックを経営するハイファションの新井社長だった。彼が拠点とする織物会館の空きフロアを使って、飲食付パーティー形式の演劇を行うというものだった。
 台本、役者、舞台装置、すべてをそのまま使い、会場だけ移して翌月に公演。通常の料金より高価に設定したチケットは、すぐに売り切れた。

 毎日の生活は、完全に職場から稽古場、そして深夜帰宅になっていた。ある日のこと、いつものように遅く帰ると、寝室の豆球も消され真っ暗になっていた。

 明かりを点けると、女房が目にこぼれるばかりの涙を溜めて、瞳を閉じていた。
「ただいま・・・・。」
 彼女は起きていた。でも、返事は無かった。
「お休み・・・・。」
 すると、低く思いつめたような声で、言った。
「明日は、早く帰ってきて・・・・。」
「・・・わかった。ごめんね。」

 次の日も稽古だった。朝、出かけるときは、今日は早く帰ろうと思っていた。
稽古になった。

「そうじゃないよ。もう一回、今のシーン初めから。」
稽古が進まない。表現できていない。納得がいかない。ここを抑えておかないと、先に進むことは出来ない。全身全霊をこめて、稽古に、演出に集中していた。

 お疲れ様で解散した帰りの車中、昨夜の女房の言葉を思い出した。青くなった。また、今夜も深夜になっていた。自分を責めた。

 いつもそうして、稽古場では稽古に没頭し、帰宅途中で時間を忘れた自分を呪う毎日が繰り返された。稽古がなく、早めに帰宅できた日も、いつしかいつも、家の中が緊張していた。

 僕はなんのために芝居をしているんだろう。毎日、自問自答した。昼間は営業主任として仕事に専念し、夜は稽古に没頭しながら、家庭の居心地の悪さに、自分を責めた。しかし、責めながら、自問自答しながらも、芝居をやめることができなかった。いや、やめる気がなかった。

 いつも、もっと遠くまで行きたいと思っていた。この演劇で、自分はどこまで行くことが出来るのか、そればかりを考えていた。浜田省吾の『遠くへ』を車中で聞きながら、泣いている女房を思い浮かべ、しかし、心は裏腹に、女房から遠ざかっていった。

 追加公演も成功を収め、公演日の合間を埋めるように、エチュードとして稽古した落語を持って、今度は足利市内の高齢者施設を慰問に回った。せきたてられるように演劇活動を進める自分と、家庭を顧みることのない自分を責める自分がいた。しなければならない、やらなければならない、という強迫観念と自責の念が、稽古中の自分をますます鋭敏にした。眉間にしわを寄せながら、怒鳴りまくった。

 そして、深夜帰宅すると、静かに布団に入り、女房と言葉を交わすことなく、朝を向かえる毎日だった。


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