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安達和悦物語


20 夢回帰線時代3 稽古場  


 窓の外には、小雪が舞っていた。ファミリーレストランのテーブルに向かい、僕は旗揚公演の上演台本、そのラストシーンを書き上げようとしていた。
 左横には、劇団員のOさんがいた。字の汚い僕の原稿を、配布用に清書することが彼女の役割だった。その頃はまだ、ワープロを持っていなかった。
 台本は、できたところから章立てで小出しに支給していた。今夜は最終原稿の団員支給日。他の劇団員は、足利の勤労青少年ホームで、自主訓練しながら完成を心待ちにしていた。

「できた!」
 僕は最後の頁を彼女に渡すと、ふううと一息ついた。そして、清書されたラストシーンをコンビニでコピーし、稽古場へと急いだ。

 到着すると、団員から歓声が上がった。
「2030年のコエル」それが、旗揚げ作品のタイトルだった。自己超越をテーマに、約40年後の未来、培養液の中で育てられた人造人間コエルの夢と幻想を描いた。さっそくみんなで読み合わせをしてみた。読みながら笑いがあふれた。

 これまで勤労青少年ホームで、週2日の集まりを持ち、肉体訓練と発声や演技の練習を半年間続けてきた。練習メニューは、僕の東京での経験を活かして組み立てた。ここでの練習を続けてきて思ったのは、閉館時間午後9時では、ほとんど稽古時間がとれない、ということだった。
 団員のほとんどは社会人のため、退社後集まると、8時近くになってしまう。
しかも9時というのは、ここを出なければならない時間だった。
「ある程度時間が自由になる稽古場はないだろうか。」
 稽古場探しが課題になった。

 その後、団員のHさんが、稽古に貸してくれるという空家を探してきた。住宅地の中にある使われていない一軒家だった。台本稽古は、この家で行うようになった。他人の出入りもないため、小道具などを作り保管することもできた。
 住宅地であるため、夜の稽古は雨戸も締め切って防音に注意した。しかし、春になり気温もあがってくると、稽古場は蒸してきた。いつの間にか、近所への配慮を忘れ、雨戸も硝子戸も開けて稽古するようになった。

「おめえか、親分は! 最近このへんで芝居の練習してるっていう連中の!」
 その日の稽古を終え、車に乗り込もうとしたときだった。その男は、僕に近づき凄んで言った。そばにいた団員達は、不安顔になった。
「なんでしょう?」
「なんでしょうじゃねえよ! おめえら、やかましいんだよ! 確かにおめえの声は、この先の信号機のところでもよく聞こえるよ!」
 男の人差し指は200m先の信号機を指していた。
「そうか、僕の声は、部屋の中から、あの信号機のところまで届いているんだ。」
 心の中で思った。確かに叱られているのだが、声量を誉められているようで、ちょっと嬉しくもあった。不謹慎である。だが、場面は緊張を要した。
「このへんはよう、寝たきりの年寄もいるし、みんな迷惑してるんだよ! 悪いがおめえら、出て行ってもらうからな!」

 そう言うと男は去っていった。僕は、車のボンネットに肘をついて頭を抱えた。
「ああ、もう練習できなくなるのね。やっぱり私たちに芝居の公演なんてできないと思ったわ。」
 団員の一人が言った。その場に居合わせた他の団員は言葉をなくした。

「いや、そんなことはない。絶対に諦めない。」
 僕の思いもむなしく、その男の言った通り、後日稽古場使用中止の話が、大家さんからHさんを通じて伝えられた。

 作りかけの小道具、大道具を運び出しながら、僕らは途方にくれた。


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