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安達和悦物語


29 夢回帰線時代12 バサラ  


「僕は、死にましぇーん!」の名台詞を残した武田鉄也扮する主人公が、ヒロイン浅野温子に求愛する『101回目のプロポーズ』に夢中になった91年、その11月。足利の渡良瀬川河畔に、純白のUFOを模したような巨大なバサラドームが出現した。
 約1週間にわたるイベント会場となったここで夢回帰線86/91は、2日間2ステージの『ノイズシンドローム』を延観客700名を動員し、興行的には大成功のうちに幕を降ろした。

 客演多数の5周年記念公演は、劇団員以外のメンバー参加により、既存団員のモチベーションに微妙な変化をもたらした。それは、劇団のメジャー化を狙う僕の思惑に反して、再び男優陣の退団を誘発することになった。
 また、劇団名である86/91は、最低5年間はやりぬこうという旗揚げ時の決意の表明でもあったわけだが、今、その5年を経過し、劇団を継続するか否かの決断も迫られる事になった。

「あなたは、もう5年間やり遂げたのだから、充分じゃない。演劇はやめるでしょ。」
 2人目の愛児を抱きながら、女房は言った。
 稽古のない日はさっさと帰宅し、脚本執筆は女房が就寝した後に起きだして行うなど、できるだけ家族と時間を共有するよう努めてはきたものの、やはり女房は演劇活動には賛成してくれなかった。
 ハムレットなら、「やめるべきか、続けるべきか。それが問題だ。」とでも言うところだろうが、僕は言葉をのみこんだ。心はすでに決まっていたから。

 残った劇団員は、5名に満たなかった。しかも、男優はなし。劇団のミーティングで僕は言った。
「今ここで、劇団をやめるわけにはいかない。やめてはいけない、と心の中で誰かが叫んでいる。活動は継続します。次の舞台は、つかこうへいの『飛龍伝』を上演します。」

 VANホールで上演された、つかこうへい伝説の名作『初級革命講座 飛龍伝』。この原作と最近リニューアルされた『飛龍伝』をもとに脚本を再構成した。全共闘の時代を舞台に、学生側の女性主人公がスパイ目的で機動隊長と同棲し、やがて戦いを前に、愛児と夫である隊長を置いて別れていく、という物語だ。

 これまで、僕のオリジナル作品を上演してきた劇団にとって、はじめての外部作品への挑戦だった。僕はこの物語に、異常なまでの共感を抱いていた。

 この作品に、男優は僕一人、他に女優4名がヒロインをのぞき男性を演じるというキャスティングで臨んだ。機動隊と学生の闘争シーンなど、過激な場面が続く稽古の中で、劇団の女優たちは必死にくらいついてきた。後に知った事だが、激しいアクションシーンの稽古中、歯が折れたもの、あばらにヒビが入ったものなど、負傷者が続出していた。けれども彼女達は、僕にはそれを隠し通していた。

 物語の後半、ヒロイン神林美智子が自分の子を出産したのは、僕が演じる機動隊長山崎一平を騙し、学生運動壊滅の機密を盗み出すためだと、一平が知る場面。
 山崎は半狂乱になって、愛児に殴りかかろうとする。
「もしも、もしも、この子が大人になって、自分が生まれたのは、母親がスパイするためだったと知ったら、どんな気持ちになると思う! 父親と母親が、本当に愛し合って生まれたのではなくて、ただ、情報を盗むために産み落とされたと知ったら、どんな気持ちになると思う!」

 美智子は言う。
「愛していました。本当に、愛していました。でも、私は行かなければならないんです!」
 そして、一平は美智子に、全機動隊の学生遊撃配置図を渡してしまう。


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