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安達和悦物語


30 夢回帰線時代13 共感  


「元気でな! 世界革命戦争、勝利を祈るよ。子どもは俺が育てる。お母さんがどんなに立派な革命の戦士だったか。どんなにかわいらしい人だったか。どんなに美しい人だったか。どんなにお父さんとお母さんが愛し合っていたか、教えてやらんとな。さあ、行けよ!」(つかこうへい作 飛龍伝より)
 山崎一平の言葉である。

 一平と美智子は、そして機動隊側、学生側の陣地に別れていく。両者は戦地で相まみえ、悲運にも一平は美智子を警棒で殴り殺してしまう。
 その戦いの場面を、僕らはたった5人で表現した。
 BGMには中島みゆきの「浅い眠り」を使用し、一平演じる僕は鬼の形相で、警棒を力の限り振りつづけた。僕の後ろには、4人の女優達がヤッケとヘルメットを被り、両手を翼のように広げながら、無限のスクラムを表現した。そして、一人、また一人と、学生演じる役者達は、苦悶の表情を浮かべながら、崩れ落ちていった。観客席からは、すすり泣きが聞こえていた。

 そして、一平の最後の一振りが、美智子の頭上に振り下ろされた。一平は、その学生が彼女である事に気づき、泣き崩れ狂乱する。
 夢回帰線の飛龍伝は、そこで幕が降りた。

 僕がこの作品に、異常なまでの共感を抱くには理由があった。
 ひとつは、今おかれている劇団の状態が、追い詰められた学生たちと酷似していると感じた事。(しかし、学生運動を体験していない僕がこう言うのは、当時の学生達の顰蹙を買うかもしれないが。)
 そしてもうひとつは、家庭と劇団という二つの場所に対する心の葛藤を、一平や美智子の葛藤に投写していたこと。
 飛龍伝が、夢回帰線が上演した唯一の外部作品であることの由縁は、ここに集約できると思う。

 この公演の成功によって、劇団は観客を刺激し、多数の新入団員を迎えることになった。その中には、異色の女優として劇団後期を支えた佐藤魔由美(高校1年)や、やがて僕が創業する安堂プランニングを、制作として支えることになる水沢麗(高校2年)がいた。

 劇団は多くの新人を迎え活気だってはいたが、僕の心は少々憂鬱だった。なぜなら、新人のすべてはあどけない女子高生ばかりだったからだ。男が欲しかった。それも、成人の。

 僕は彼女たちの早期戦力化を図るため、俳優養成カリキュラムをより緻密に構築し、ジャズダンスとムエタイ(キックボクシング)のエクササイズを定期化して、体力強化を促進した。一方で演技メソッドを導入するとともに、個人の目標設定を行い、また、時間の使い方や役者としての心の持ち方などを説いていた。けれども、あとどのくらい頑張れば、僕らはプロの劇団になれるのか、まるで見当もつかなかった。

 その頃、僕は月刊みにむの野村さんの勧めで、同誌の人物取材記事のコピーライトを行っていた。それはピープルというコーナーで、両毛地域の話題の人物や、足利を訪れた芸能人らを取り上げていた。

 あるとき、野村さんが言った。
「安達君ねえ、ピープルのコーナーなんだけど。いつも年配の人が多いからね、今度は若い子をとりあげたいんだよ。誰か、いい子いないかな?」
 僕は少し考え、答えた。
「劇団に通う女子高生というのはどうでしょう? フレッシュな感じに、記事仕上げますよ。」
 それが、水沢麗、本名岩井田真理の人格に、はじめて触れるきっかけとなった。


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