


![]()
| 36 | 夢回帰線時代19 | 社長 |
![]()
「これからは、社会が君の社長になる。社長になるということは、一見、お山の大将になったように見えるかもしれない。しかし、社長になるということは、世間に雇用されるということだ。」
3月20日、会社役員に退職の意思を理由とともに伝えた夜。僕は社長に連れられて、小さなホルモン屋で酌み交わしていた。
「それからな。仕事がなくなったとき、どうやって家族を守るか、そういうことまで考えておけよ。縁があれば、一緒にまた仕事することもあるだろう。安達、これは円満退社だ。」
その日、社長室で4月25日付での退職希望を伝えたとき、社長はその理由に深くうなづき、退職願を受け取った。こうして、2年間勤務した広告プロダクションを、僕は離れる事になった。
3月25日の土曜日、最後の『ヒューマンコピー』公演を邑楽町ヤングプラザで終了した後、劇団員を引率して鬼怒川温泉にお別れ慰安旅行に出かけた。夕食後、一部屋に集まり、一人一人が劇団で得たことについて話し合った。深夜、スタッフとして応援してくれた仲間のひとりが、静岡から駆けつけて、その輪に加わった。静かにひんやりと、長い夜はふけていった。
翌朝、外には雪が舞っていた。あの日と同じだ。旗上公演の台本、最終頁を書き上げた夜。左隣に清書役のスタッフがいて、僕はファミリーレストランのテーブルで、終わった、とのびをしたとき。窓の外には、雪が舞っていた。
旅行の翌日、長い間世話になった稽古場の10khzに僕らは集合し、劇団の解散式を行なった。人数分の色紙を用意し、各々へのメッセージを書き寄せ、卒業証書のように全員に配布した。みんな、泣いていた。僕は、照明バトンを吊るスペースを作るために、ぶち抜いてしまった天井を見上げた。
「ありがとう。」
僕は、誰に言うともなく、つぶやいた。劇団夢回帰線86/91は、幕を閉じた。
「お疲れ様。」
一人、自分自身をねぎらった。手酌のウイスキーを自室でグビリとやりながら、僕は習慣となっていた日記をしたためていた。飲みながら、書きながら、飲みながら、書きながら、夜もふけ、宵も回り、思考も酩酊した。
『・・・人の人生は、どんな人と魂の出会いをしたかで、決まってしまうような気がする。魂の出会いのある人生は、有意義な人生となっていくに違いない。恋人、女房、友人、先輩、後輩、先生・・・。僕は魂の出会いをしているか。出会いたいと思う。これから、どんどん。貪欲に。人は人に育てられる。僕は誰に育てられるのだろうか。たくさんの人たちに応援され、支持され、教えられ、そして、前に進む。遠くへ。もっと遠くへ。魂の出会いを求めながら、今、ここにある魂とのふれあいを大切にしていきたい。僕は、自分の人生を切り開くための冒険をしている。失敗を恐れずに、試したいこと、やってみたいこと、手に入れたいものに挑むこと、全てやってみようと思う。実験。人生という名の実験。得たものはたくさんある。無くしたものは気づかない。僕は不幸か、幸福か。切なさ。ある特定の切なさ。いいと信じたことはやり続ける。新しいものを関係の中で生み出したいと思う人とつきあっていきたい。心地よい刺激。お互いにとっての。自分にとって、何が一番大切なのかは、様々な試みの中で、初めて身を持ってわかってくるのかもしれない。実感と直感。それを大切にして、生きていきたい。本当に磨かなければならないのは、そのカンどころなのだ。さらけ出すこと。傷つくことを恐れないこと。それこそが、自分を確かめる唯一の方法なのだ。いい人生を歩んでいきたい。そのコトに対して。どれだけ自分が頑張れるかは、そのコトと自分との関係の近さに比例する。僕は走ろうと思う。僕は今、わくわくしている。そう言えば、空手着はどこだ?(以下、意味不明の文字のようなものが続く。判読不能。)』
いつの間にか眠っていた。背中に毛布が掛けられたことを、僕は知らずに。
3月20日、会社役員に退職の意思を理由とともに伝えた夜。僕は社長に連れられて、小さなホルモン屋で酌み交わしていた。
「それからな。仕事がなくなったとき、どうやって家族を守るか、そういうことまで考えておけよ。縁があれば、一緒にまた仕事することもあるだろう。安達、これは円満退社だ。」
その日、社長室で4月25日付での退職希望を伝えたとき、社長はその理由に深くうなづき、退職願を受け取った。こうして、2年間勤務した広告プロダクションを、僕は離れる事になった。
3月25日の土曜日、最後の『ヒューマンコピー』公演を邑楽町ヤングプラザで終了した後、劇団員を引率して鬼怒川温泉にお別れ慰安旅行に出かけた。夕食後、一部屋に集まり、一人一人が劇団で得たことについて話し合った。深夜、スタッフとして応援してくれた仲間のひとりが、静岡から駆けつけて、その輪に加わった。静かにひんやりと、長い夜はふけていった。
翌朝、外には雪が舞っていた。あの日と同じだ。旗上公演の台本、最終頁を書き上げた夜。左隣に清書役のスタッフがいて、僕はファミリーレストランのテーブルで、終わった、とのびをしたとき。窓の外には、雪が舞っていた。
旅行の翌日、長い間世話になった稽古場の10khzに僕らは集合し、劇団の解散式を行なった。人数分の色紙を用意し、各々へのメッセージを書き寄せ、卒業証書のように全員に配布した。みんな、泣いていた。僕は、照明バトンを吊るスペースを作るために、ぶち抜いてしまった天井を見上げた。
「ありがとう。」
僕は、誰に言うともなく、つぶやいた。劇団夢回帰線86/91は、幕を閉じた。
「お疲れ様。」
一人、自分自身をねぎらった。手酌のウイスキーを自室でグビリとやりながら、僕は習慣となっていた日記をしたためていた。飲みながら、書きながら、飲みながら、書きながら、夜もふけ、宵も回り、思考も酩酊した。
『・・・人の人生は、どんな人と魂の出会いをしたかで、決まってしまうような気がする。魂の出会いのある人生は、有意義な人生となっていくに違いない。恋人、女房、友人、先輩、後輩、先生・・・。僕は魂の出会いをしているか。出会いたいと思う。これから、どんどん。貪欲に。人は人に育てられる。僕は誰に育てられるのだろうか。たくさんの人たちに応援され、支持され、教えられ、そして、前に進む。遠くへ。もっと遠くへ。魂の出会いを求めながら、今、ここにある魂とのふれあいを大切にしていきたい。僕は、自分の人生を切り開くための冒険をしている。失敗を恐れずに、試したいこと、やってみたいこと、手に入れたいものに挑むこと、全てやってみようと思う。実験。人生という名の実験。得たものはたくさんある。無くしたものは気づかない。僕は不幸か、幸福か。切なさ。ある特定の切なさ。いいと信じたことはやり続ける。新しいものを関係の中で生み出したいと思う人とつきあっていきたい。心地よい刺激。お互いにとっての。自分にとって、何が一番大切なのかは、様々な試みの中で、初めて身を持ってわかってくるのかもしれない。実感と直感。それを大切にして、生きていきたい。本当に磨かなければならないのは、そのカンどころなのだ。さらけ出すこと。傷つくことを恐れないこと。それこそが、自分を確かめる唯一の方法なのだ。いい人生を歩んでいきたい。そのコトに対して。どれだけ自分が頑張れるかは、そのコトと自分との関係の近さに比例する。僕は走ろうと思う。僕は今、わくわくしている。そう言えば、空手着はどこだ?(以下、意味不明の文字のようなものが続く。判読不能。)』
いつの間にか眠っていた。背中に毛布が掛けられたことを、僕は知らずに。
![]()
| 前へ戻る | -36- | 先に進む |
![]()

